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【くじらコラム#53】まちの記憶~晴海の歴史を振り返る

4月1日から新年度が始まりました。
ご入学やご進学、ご就職をされた皆さま、おめでとうございます。皆さまの新たな門出を心よりお祝い申し上げます。
これから皆さまが踏み出す歩みや歴史が、皆さまご自身やご家族に末永く刻まれていくことでしょう。

さて、今回は、晴海の歴史についてお話ししたいと思います。

 

旧晴海客船ターミナルの美しいモニュメント。2022年(令和4年)2月20日に旧晴海客船ターミナルはその役割を終え、モニュメントも取り壊されて、今は記憶の中に鮮やかに残ります。

 

現在、私たちが暮らす「晴海」は、東京湾の穏やかな水面に囲まれた美しい街ですが、その誕生は昭和初期にまで遡ります。

晴海は、1931年(昭和6年)に「月島四号地」として埋め立てられた土地で、当初は「新月島」とも呼ばれていました。パークタワー晴海のすぐ北側にある「新月島公園」はその名残でしょうか。
平日は付近の保育園児が広々としたスペースで駆け回り、週末には少年野球・社会人野球の試合がよく開催され、秋の「区民スポーツの日」には、各種体験イベントやマラソン大会が開催されるなど、晴海の住民にとって憩いの場となっています。

 

話を戻しますが、その後、1937年(昭和12年)に「いつも晴れた海を望む」という願いを込めて「晴海」という地名が誕生しました。

 

戦前には東京市庁舎の移転計画や万国博覧会の開催予定地として注目を集めた晴海ですが、戦争の影響でこれらの計画は幻に終わりました。戦中は軍の病院や資材置き場として、戦後は米軍に接収されるなど、激動の時代を経て、1958年(昭和33年)に全面返還されてから本格的な街づくりが始まりました。

 

1957年(昭和32年) 臨港鉄道晴海線開通
晴海ふ頭の荷役作業の様子
1964年(昭和39年) 現晴海二丁目・豊洲二丁目

 

 

「晴海団地」という言葉を聞いたことはありますか?

街づくりの一環で1958年(昭和33年)に建設されたアパートの名称です。今から約65年前に建設されたこの晴海団地こそ、日本で最初に建設された高層集合住宅(10階建て)なのです。現在ではたくさんの街にタワーマンションが建設され、珍しくなくなってきていますが、晴海は発祥の地と言えるかもしれません。

晴海団地は1998年(平成10年)に解体され、現在トリトンスクエアに生まれ変わりましたが、晴海第一公園には当時の高層アパートの手摺がモニュメントとして残されています。

 

 

 

昭和30年代には晴海ふ頭が開業し、東京国際見本市会場として世界中から人々が集まる国際交流の拠点となりました。モーターショーやコミックマーケットなど、多彩なイベントが開催され、最盛期には年間600万人以上が訪れたといいます。この時期、晴海は「東京の玄関口」としての役割を果たし、都市としての存在感を高めていきました。

 

1963年(昭和38年)1986年(昭和61年)1994年(平成6年) 旧晴海客船ターミナルが開業しました。
このように順に見ると、晴海が街として発展を重ねてきたことが分かります。

 

 

晴海ふ頭と言えば、HARUMI FLAGの街開きに合わせ、晴海ふ頭公園が新設されました。目の前に広がるレインボーブリッジを背景に「TOKYO」のモニュメント前で写真を撮っている多くの方々を見ると、今でも「東京の玄関口」の役割が少なからず継続しているようにも思えます。

 

平成に入ると、晴海の再開発が本格化。1990年代には前述の晴海団地跡地に晴海トリトンスクエアが誕生し、オフィス・商業・住宅が融合した複合都市としての姿を見せ始めます。2000年(平成12年)には大江戸線勝どき駅も開業し、利便性の高まりから街は加速度的に発展していきました。

そして令和の時代、晴海はさらに進化を遂げています。2026年(令和8年)現在、パークタワー晴海をはじめとする高層住宅群が立ち並び、都心にありながらも水と緑に囲まれた快適な住環境が整っています。

 

コラム#41でご紹介した「晴海橋梁」の再生も、こうした街の歴史と未来をつなぐ象徴的なプロジェクトです。かつて貨物鉄道として活躍した橋梁が、桜並木やライトアップなどにより人々の憩いの場として生まれ変わろうとしています。地域の記憶を大切にしながら新たな価値を創造する取り組みを通して、晴海という街の歴史と価値が今後も重ねられていくのでしょうね。

 

晴海の歴史を今のくらしに重ね合わせてみると、パークタワー晴海に住まうことが、単なる「住む」以上の意味や価値を持つように思えます。
歴史を継承し、未来を創る—そんな誇りとともに、これからもこの街の進化を楽しみにしたいと思います。

 

※本コラムの作成にあたり、一般社団法人東京都港湾振興協会様に多大なご協力をいただきました。ありがとうございました。